認知症ケアが「難しい」「つらい」と悩む介護士へ|特養管理職が現場で救われた1冊
認知症ケアをしていると、「どう関わればよかったんだろう」と勤務後に何度も考えてしまうことがあります。
拒否、怒り、不安の訴え、同じ質問のくり返し。頭ではわかっていても、毎日の現場では心が削られる瞬間がありますよね。
結論から言うと、僕が救われたのは長谷川和夫さんの『ボクはやっと認知症のことがわかった』という1冊です。
専門医として認知症を知り尽くした著者が、自ら当事者になって書いた本だからです。

認知症ケアに限界を感じているあなたへ
技術不足ではなく、「相手の世界」が見えにくいだけかもしれない
認知症ケアが難しいと感じるとき、
介護士はつい「自分の声かけが悪かったのかな」「もっと上手に対応できれば」と自分を責めてしまいます。
でも、うまくいかない原因は、あなたの技術不足だけではないかもしれません。
僕は、認知症ケアは「相手をこちらの現実に戻す仕事」ではなく、相手の世界に一度入ってみる関わりだと思っています。
特養で働き始めて2か月目のころ、入浴を強く拒否される利用者さんがいました。
僕は「今日は入浴の日なので」「すぐ終わりますから」と説明を重ねました。けれど、言えば言うほど表情はこわばり、最後には「帰ってください」と言われてしまったんです。
そのときの僕は、正しい説明をすれば伝わると思っていました。
でも今振り返ると、僕が見ていたのは「入浴を済ませる」という業務でした。
その方にとって浴室がどう見えていたのか。
服を脱ぐことにどんな不安があったのか。
知らない場所に連れて行かれるような感覚はなかったのか。
そこまで想像できていませんでした。

認知症ケアのストレスは、対応方法を知らないことだけで生まれるわけではありません。
当事者の見えている世界に触れる機会が少ないまま、現場では毎日「今どう対応するか」を迫られます。
ここに、介護士がしんどくなりやすい理由があります。
だから、うまくいかない日があっても、あなたが介護士に向いていないわけではありません。
必要なのは、自分を責めることではなく、相手の世界を想像するための軸を持つことだと思います。
対処法をいくら覚えても、なぜ限界が来るのか
「ご飯はまだ?」と何度も聞かれたらどう返すか。
「財布を盗まれた」と言われたら、どう受け止めるか。
夜間に帰宅願望が出たとき、どんな関わり方をするか。
こうした対応方法は、もちろん大切です。
現場では具体的な言葉かけが必要ですし、知っているだけで助かる場面もあります。
ただ、対処法をいくつ覚えても、限界が来ることがあります。
なぜなら、目の前の言動だけを処理しようとすると、「また同じことを言っている」「また拒否された」と感じやすくなるからです。
その奥にある不安や混乱、本人なりの理由に目を向けられないまま対応を重ねると、介護士側の気持ちも少しずつ苦しくなっていきます。

僕自身、以前は「どう返せば落ち着いてもらえるか」ばかり考えていました。
でもある時期から、「この方には、今の状況がどう見えているんだろう」と考えるようになりました。
たとえば「家に帰りたい」という言葉も、単に帰宅願望として片づけるのではなく、
「ここが安心できる場所になっていないのかもしれない」
「何か役割を失ったように感じているのかもしれない」
と捉え直す。
もちろん、それだけですべてが解決するわけではありません。
でも、関わり方の土台は少し変わります。
認知症ケアで本当に苦しくなるのは、対応方法を知らないことだけではなく、「その人の視点に立つ軸」が持てないまま、毎日判断を迫られることなのだと思います。
迷っているなら、まず軸になる1冊から始めていい
認知症ケアの本はたくさんあります。
症状別の対応、声かけの技術、BPSDへの理解、介護記録の書き方。どれも現場では役立ちます。
でも、疲れているときに何冊も読むのは現実的ではありません。
僕も、正直なところ「何から読めばいいのかわからない」と迷っていました。
そんな中で支えになったのが、長谷川和夫さんの『ボクはやっと認知症のことがわかった』です。
この本は、明日から使える声かけ集ではありません。
拒否への対処法が一覧で載っている本でもありません。
それでも僕にとっては、現場で迷ったときに立ち返れる「軸」になりました。
認知症の人を“対応する対象”として見るのではなく、ひとりの人として、その内側から見える世界を想像する。そこに戻らせてくれる1冊でした。
僕が特養の現場で支えられた、認知症ケアの1冊
『ボクはやっと認知症のことがわかった』とは
『ボクはやっと認知症のことがわかった』は、認知症医療の第一人者であり、「長谷川式簡易知能評価スケール」の開発者としても知られる長谷川和夫さんの本です。KADOKAWAから刊行されています。
この本の大きな特徴は、専門医として認知症を見てきた著者が、自らも認知症になった立場から言葉を残していることです。
専門知識のある医師が、当事者として何を感じ、何を伝えたかったのか。
そこに、この本ならではの重みがあります。
介護現場で働いていると、どうしても「安全に」「時間内に」「事故なく」という視点が強くなります。もちろん、それは必要です。
ただ、その視点だけでは、本人の心の揺れを見落としてしまうことがあります。
この本は、認知症ケアの実践テクニック集ではありません。
けれど、日々の関わり方を見直すきっかけになります。

この本が教えてくれた3つの視点
僕がこの本から受け取った学びは、大きく3つあります。

1つ目は、当事者の内側から見た認知症です。
認知症は、周囲から見ると「忘れる」「同じことを言う」「怒る」といった症状として見えます。
でも本人の内側では、不安や戸惑い、うまく説明できないもどかしさがある。
そこを想像できるかどうかで、こちらの表情や声の温度は変わります。
2つ目は、役割を奪わないという関わりです。
介護現場では、転倒予防や時間の都合から、つい先回りしてしまいます。
「危ないからやりますね」
「時間がないのでこちらでしますね」
そう言って、本人ができることまで奪ってしまうことがあります。
でも、人は役割を失うと、自分の居場所まで失ったように感じることがあります。
洗濯物をたたむ。
テーブルを拭く。
誰かに「ありがとう」と言われる。
小さな役割が、その人らしさを支えている場面を、僕は特養で何度も見てきました。
3つ目は、「時間を差し上げる」という発想です。
介護現場は忙しいです。
ナースコール、排泄介助、食事介助、記録、申し送り。時間に追われない日はほとんどありません。
それでも、ほんの少し立ち止まる。
言葉が出るまで待つ。
急かさず、本人のペースに合わせる。
この「時間を差し上げる」という感覚は、僕の中で大きな支えになりました。
この本をきっかけに、僕の関わり方に「軸」ができた
この本を読んだからといって、現場が劇的に変わったわけではありません。
拒否がなくなったわけでも、すべての対応がうまくいくようになったわけでもありません。
ただ、僕の中に「迷ったときに戻る場所」ができました。
以前の僕は、対応がうまくいかないとすぐに焦っていました。
「どう落ち着いてもらうか」
「どう早く終わらせるか」
そんなふうに、こちら側の都合で考えることが多かったと思います。
でも今は、まず一度立ち止まって考えるようにしています。
「この人は今、何に困っているんだろう」
「何を守ろうとしているんだろう」
「僕が急がせていないだろうか」
この視点を持つだけで、声のかけ方が少し変わります。

以前、なかなか名前を覚えてもらえなかった利用者さんがいました。
毎日関わっていても、僕のことを職員のひとりとして見ているだけだと思っていました。
でも、焦らずに挨拶を続け、できることを一緒に探し、急がせない関わりを意識していたある日、ふと僕の名前を呼んでくれたんです。
大きな出来事ではないかもしれません。
でも僕にとっては、「関わりはちゃんと積み重なる」と感じた瞬間でした。
【後輩指導にも】リーダー候補がこの本を読むべき理由
中堅職員やリーダー候補になると、自分のケアだけでなく、後輩への伝え方にも悩みます。
「もっと寄り添って」
「利用者さんの気持ちを考えて」
そう言うのは簡単ですが、それだけでは後輩に伝わりません。
大切なのは、なぜその関わりが必要なのかを言語化することです。
この本は、認知症ケアの正解を教えてくれる本ではありません。
けれど、「本人の視点に立つとはどういうことか」を考える土台になります。
後輩指導で悩む人ほど、自分の言葉を増やすために読んでおきたい1冊です。
本で得た視点を、日々のケアに活かすために
学んだ視点を、日々のケアと言語化に落とし込む
本を読んで終わりにしないためには、学んだ視点を日々のケアに落とし込むことが大切です。
おすすめは、難しい実践をしようとしないことです。
まずは、勤務中に1人だけでいいので、次の3つを意識してみてください。
- この人には今の状況がどう見えているか
- 奪っている役割はないか
- ほんの少し待てる場面はないか
たとえば、食事前に落ち着かない方がいたとします。
すぐに「座ってください」と言う前に、
「何か探しているのかな」「いつもの席がわからなくて不安なのかな」と考えてみる。
それだけでも、声かけは変わります。
認知症ケアは、完璧な対応を目指すものではありません。
昨日より少し、その人の見えている世界を想像できる。
その積み重ねが、現場での実践につながっていきます。

ケアの根拠を言語化して、チームに共有する
僕は正社員2年目で管理職になりました。
経験が十分にあるとは言えない時期だったからこそ、感覚だけで指導しないことを強く意識してきました。
「なんとなく優しく」では、チームには伝わりません。
「この方は急かされると不安が強くなるから、返事を待つ時間をつくろう」
「洗濯物をたたむ役割が安心につながっているから、午後の時間にお願いしてみよう」
このように、ケアの根拠を言葉にすることで、チーム全体の関わり方がそろいやすくなります。
フロアリーダーや中堅職員に必要なのは、特別なカリスマ性ではありません。
現場で起きていることを観察し、なぜその関わりをするのかを共有するマインドセットです。
このあたりは、以前noteでも「ケアの根拠を言語化すること」について書いています。
あわせて読みたい方は、こちらも参考にしてください。
【内部リンク】
ケアの根拠を言語化するために意識していること|note
認知症ケアと本選びに関するよくある質問
Q. 認知症ケアの本は、何から読めばいいですか?
まずは「関わりの軸」が持てる本からで大丈夫です。
対応集も役立ちますが、当事者の視点を知る本を1冊読むと、日々の判断がぶれにくくなります。
Q. 本を読んでも、現場では余裕がなくて実践できません。
最初から全部やろうとしなくて大丈夫です。
1勤務で1人だけ、「少し待つ」「役割を残す」を意識するだけでも、関わり方は少しずつ変わります。
お守りになる1冊を胸に、明日のケアに向き合おう
認知症ケアは、簡単ではありません。
真剣に向き合っている人ほど、悩みます。落ち込みます。自分の関わり方を責めてしまう日もあります。
でも、対応がうまくいかないからといって、あなたが介護士として足りないわけではありません。
この記事で伝えたかったことは、次の3つです。
- 認知症ケアの難しさは、技術不足だけが原因ではない
- 対処法だけでなく、当事者の視点に立つ軸が必要
- 『ボクはやっと認知症のことがわかった』は、その軸を持つきっかけになる
この本は、現場を一瞬で変える本ではありません。
でも、忙しい日々の中で「この人には、今どう見えているんだろう」と立ち止まるきっかけをくれます。
認知症ケアがつらいと感じているなら、まずは1冊、お守りのように読める本を持ってみてください。
著者プロフィール
著者:ぴでぴで
特別養護老人ホーム勤務7年。現役管理職として、認知症ケア・後輩指導・フロア運営に携わる。正社員2年目で管理職を経験し、現場での関わり方やケアの根拠を言語化することを大切にしてきました。
保有資格:介護福祉士
現場で悩む介護士に向けて、きれいごとだけではない、でも明日のケアに少し希望を持てる発信をしています。
